呼吸についての素朴な疑問 ②歌といえばやっぱり腹式呼吸でしょ?『歌声の科学』より

この投稿は、歌といえばやっぱり腹式呼吸でしょ?という疑問に対する

ヨハン・スンドベリ『歌声の科学』榊原健一監訳 伊藤みか,小西知子,林良子訳,東京電機大学出版局,2015,pp25-49(「呼吸」の章)

という文献から得た答えをまとめたものです。他の文献で得られる知識を敢えて省いていますので、もちろん以下の文が結論や、最適解であるわけではありません。ご注意ください。

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導入

腹式呼吸―――それは何年だかに始まったEU諸国のどこかの国で発表された論文がたまたまアメリカに広まったため認知されるようになったという噂を聞いたことがあったりなかったりするようなしないような…

 

…明確な答えを期待されている方には申し訳ありませんが、少なくとも本文献から得た答えに関しては、「歌といえばやっぱり腹式呼吸でしょ?」という疑問に対して巷で言われているように「そうそう腹式呼吸サイコー!マスターしよーねーっ!やり方はこうだよーっ!胸式呼吸は浅いから○ね!」っと簡単にいえるほど単純ではございません。要は呼吸に関しては色々なやり方や説があるから一概には言えません。ということです。本文献に関してはね。なのでなんともふにゃふにゃした読了感のない文になること間違いなしです。そういった意味では必読ですよ。それでは、勇気のある方は下へどうぞ。

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疑問:歌といえばやっぱり腹式呼吸でしょ?

目次

1.呼吸に必要な筋肉

2.腹式呼吸とは?胸式呼吸とは?

3.「ベリーイン」「ベリーアウト」方式と各種実験に対するスンドベリによる考察

4.結論

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1.呼吸に必要な筋肉

呼吸に必要な筋肉に関し、スンドベリは第一に内(吸気)肋間筋・外(呼気)肋間筋、第二に横隔膜筋、腹壁筋を挙げている。かつ、各筋肉は互いに補助、代用しあっていると述べている。

 

2.腹式呼吸とは?また胸式呼吸とは?

「胸式呼吸」という言葉自体はページ内では確認できなかった。腹式呼吸に関しても「腹式呼吸」という言葉自体は確認できなかったが、「肺内への過剰な圧力は横隔膜を通じて下方へ伝えられる」とあり、これが一般的に言われている腹式呼吸であるといえるだろう。ということはおそらく通常の呼吸のように肺内に「過剰な」圧力がなければ横隔膜は胸郭をサポートする必要はないということで、これがいわゆる胸式呼吸にあたるのではないだろうか。

 

いづれにせよ、本文献内では胸式・腹式呼吸の文字は見当たらず、スンドベリ自体がそのような分類をしていない、またはする必要がないと考えているようである。呼吸に関して彼が述べていることといえば、内肋間筋の収縮により胸郭の上方と側面が広がることによって肺気量が多くなること。そして、横隔膜筋の収縮により胸郭の下方が広がることによって肺気量が多くなること。である。では何が大事なのか、次の章で見ていく。

 

3.「ベリーイン」「ベリーアウト」方式と各種実験に対するスンドベリによる考察

2章を踏まえると、とりあえずのところ肺気量が多くなるのだから、横隔膜を使った呼吸=腹式呼吸がより良いのかと言われればそうとも言い切れないようだ。ここで彼が取り上げたいくつかの実験結果とそれに対する彼の考察を述べる。

 

1)「ベリーイン」「ベリーアウト」方式

まず、「ベリーイン」「ベリーアウト」方式について。胸式・腹式呼吸という言葉さえ出てこないものの、ベリーイン・アウトはそれぞれ「腹壁を内側にへこます」「腹壁を外側に広げる」という記述があることや、「ベリーイン方式では横隔膜だけでなく呼気(外)肋間筋も緩んでいて」といった記述があることなどから2章の考察と照らし合わせ、ベリーイン=胸式、ベリーアウト=腹式と考えてよいだろう。問題はHixonとHoffmanによる「筋肉がすでに収縮をしている場合よりも緩んでいる場合のほうが、筋肉は収縮しやすい」という見解からこの各方式が互いにメリットを含むと結論づけられることである。つまり、ベリーインで横隔膜と呼気肋間筋が緩んでいるならばベリーインの状態は呼気の力を呼び起こしやすいということになるし、ベリーアウトで腹壁筋と吸気肋間筋が緩んでいるならば、吸気の力を呼び起こしやすい、ということになる。つまりこの部分を加味すると胸式・腹式呼吸にはその性質に違いはあれど優劣の差はないということになる。

 

しかし、率直に言って特にこの辺りの記述は正確に理解しづらいので、もし間違った理解があれば指摘をお願いしたいところである。

 

2)各種実験対するスンドベリによる考察

ベリーイン・アウトの段落の後に、プロの歌手を対象として行われた各種実験の結果が示されているが、ここでは彼はあくまで横隔膜に焦点を置いている。

 

ある実験(Bouhuys et al., 1966)では「長い柔らかい定常的な声で歌う場合、5人の被験者のうち3人が横隔膜の呼気復元力が弱くなるように制御していた」。

 

スンドベリ自身の研究でも4人の歌手のうち1人は「長い定常母音の歌唱においてフレーズ全体を通して横隔膜筋の活動が観察された」。ほか3人は「横隔膜はフレーズ全体を通して弛緩しており、吸気のときのみ活動していた」。しかし、この「ほか3人」は声門下圧が急激に下がる高音から低音への移行時は「横隔膜は急激にかつ短い時間の間だけ収縮していたようであった」。そして先述の1人のほうは高い声門下圧で歌唱する際に「横隔膜の活動が増加した」。

 

また、拮抗する筋肉を両方同時に収縮させることで内臓の慣性を急速かつ正確にコントロールしようとするやり方は一般的である(Rothenberg,1968)ので横隔膜と腹壁筋を同時に収縮させることも、戦略の1つといえる。

 

以上のことをふまえ、スンドベリは「横隔膜は一般的に理解されているよりもはるかに重要な役割を担っており、また、横隔膜が果たす役割は、歌手によって異なった働き方として現れる」と段落の最後で述べている。

 

4.結論 

 つまるところ呼吸の仕方としては人それぞれで、使い分けが大事、というのが本文献を通して得られる事柄であろう。確かに腹式呼吸、つまり内肋間筋と横隔膜を用いて胸郭を大きく広げれば肺気量はその分多くなるが、実際の歌唱において優しくささやくようなフレーズや短いフレーズの場合には必要ないように思える。横隔膜の動きは確かに重要だが、その使い方はプロの歌手によってすらみな同じではないし、横隔膜と腹壁筋に関してはを交互に収縮させるものと思いきや両方収縮させるやり方すらも十分にありうる。よって

 

歌といえばやっぱり腹式呼吸でしょ?

 

という疑問に対しては必ずしも腹式呼吸が良いというわけではなく、様々なやり方がありケースバイケース、つまり発声したいフレーズ次第である。と結論付ける。

 

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やはり、なんともはっきりしない結論になってしまいました。また、自分の文の構成力の無さも要改善であるなあと苦い顔でなんとかまとめました。それにしても本文献を考慮すると、ごく単純な「胸式呼吸はダメで、腹式呼吸で歌おう!」という教えはあまり適切でないように思います。プロの中でもやり方が異なるということは、仮にそのプロたちが生徒を持った場合、それぞれが自分のやり方を正しいという判断のもと伝授するので、時折「○○先生が正しくて他は間違っている!」と偏った意見を持つ人も現れることでしょう。また、2人以上の指導者がいる場合、その2人の横隔膜の使い方によって教え方が異なり、「各先生方の教え方や言うことが全然違う!どっちが正しいの!?どうすればいいの!!」と路頭に迷う人も出てくることでしょう。そんなとき、異なるやり方があるということを知っているだけでも、気持ちの助けになるかもしれませんね。そういった意味では意義があったかと思います。