呼吸についての素朴な疑問 ③長く息が続かないよ!肺活量を増やせばいいの?『歌声の科学』より

 

この投稿は、長く息が続かないよ!肺活量を増やせばいいの?という疑問に対する

ヨハン・スンドベリ『歌声の科学』榊原健一監訳 伊藤みか,小西知子,林良子訳,東京電機大学出版局,2015,pp25-49(「呼吸」の章)

という文献から得た答えをまとめたものです。他の文献で得られる知識を敢えて省いていますので、もちろん以下の文が発声における結論や、最適解であるわけではありません。ご注意ください。

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導入

驚異の8分間息吐きっぱなし!

スゴイですね。

 

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疑問:長く息が続かないよ!肺活量を増やせばいいの?

 

目次

1.肺活量とは

2.肺の仕組みとFRC(機能的残気量)、またこれらによって推測される肺活量を増やす手段

3.長く息が続く状態とは?その時喉はどうなっているか

4.結論

 

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1.肺活量とは

肺活量とは、肺に入れられる吸気の量の最大値である全肺気量と最大呼気の後も少し肺に残る残気量の差、つまり実際に活用できる空気の量である。数式としては

 

VC(male)=(2.8-0.011A)L

VC(female)=(2.2-0.01A)L

※A=年齢、L=身長(m) 

 

2.肺の仕組みとFRC(機能的残気量)、またこれらによって推測される肺活量を増やす手段

 

肺の仕組み

肺はその配置上、肺自体が動いているわけではなく、肺を囲む横隔膜や胸郭の広がりに依存して呼吸を行う。(※←この文がスッと入ってこない方は肺の仕組みにおける圧力に関する物理的な知識を図版などを交えて解説している、萩野仁志 後野仁彦『「医師」と「声楽家」が解き明かす発声のメカニズム』音楽之友社,2014 が非常にわかりやすくまとめているのでおススメです。画像はアマゾンwww.amazon.co.jp/よりお借りしました。)

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また、呼吸を促す力は肺気量(単純に肺の中にある空気の量。肺活量とは違う)に依存し、肺気量が少なければ吸いたい圧力がかかり、多ければ出したい圧力がかかる、といったように互いに作用する。

 

FRC(機能的残気量)とは

ここで、息を吐いているとき、最初は気持ちよく吐いているが、呼吸は止まることはないので吐き終わるにつれてだんだん吸いたくなる。また、息を吸っているとき、吸い尽くすにつれてだんだんまた息を吐きたくなる。この、吐いているときから吸いたくなるように変わる瞬間、また吸っている時から吐きたくなるように変わる瞬間=転換期のことをFRC(機能的残気量)という。つまり息を吐きたくも吸いたくもない瞬間である。

 

これら肺の仕組み・FRCから推測する肺活量を増やす手段

これらを踏まえてスンドベリは「いかにして肺をよりペシャンコにしぼませるか」と述べている。肺をしぼませるということはつまり空気を出し切るということであり、空気を出し切るということはその分吸気の圧力が強くなるということであるからであろう。しかし、だからといってとにかく息を吐く練習をすればいいというわけではなさそうである。

 

例えば、長いフレーズをピアニシモ(pp)で歌わなければならないとき、大きく息を吸う。しかしこの時吐き出したい圧が強くかかる。これを静かに長く吐き出すことが出来るのは吸気筋の補助的な作用である。反対に譜面の都合上吸う時間が極端に短く少ししか息を吸えないのにフォルテッシモ(ff)で強く出さねばならない時がある。この時も、肺気量は少ないので吸気の圧力が強くかかるが、補助的に呼気筋が動く(要は頑張るのですね)ことによって発声が達成される。また、Gouldによると、歌手でない人よりも歌手のほうが平均して20%肺活量が大きい。(Gould,1977)

 

このように、肺活量を取り巻く筋肉たちは様々な使われ方をする。さらに次章でも読み解く通り、発声においてはこれらの呼吸筋の動きとともに声帯を使って音を出すという作業を同時に行う必要がある。読んでもらえば分かるであろうが、呼吸だけの訓練や、肺活量を増やすこと「のみ」に着眼点を置く際には、注意が必要であるようである。

 

3.長く息が続く状態とは?その時喉はどうなっているか

いよいよ肺から離れて、まさに声門(声帯と声帯の間)を通る空気流量をみていく。空気流量の主な要因は声門下圧と声門抵抗である。関係は以下の様である(図は発声ノート作)。

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声門下圧により発せられた空気流量は声帯の内転の影響を受けながらその結果音として流れ出る。ここではあくまで「呼吸」の章を読み解いているのであえてこの「内転」には触れない。おそらく4章「喉頭音源」で明らかになるだろう。

 

声門下圧に対して声帯の内転が弱すぎると音としては「気息性」、の弱々しい音となり、声門下圧に対して声帯の内転が強すぎると「喉詰め」、苦しそうな声になる。おそらくこうした声はまた、ポリープや結節などの声帯の不具合を引き起こすかもしれない。

 

上記より、声門下圧と声帯の内転(声門抵抗)の関係が最適のバランスであることが大事なことのように思われる。つまり、出そう!と思う呼吸器系の勢いを大なり小なり声帯が適した力でもって受け止められるかどうか、と言うことである。呼吸器系だけが強くても、また声帯だけが強くてもうまくいかないのではないだろうか。ロングトーンをプロの歌手のように成しえるには、豊富な肺活量を蓄えられる呼吸筋群と、それに対応できる声帯の内転力、さらにそれらをバランスよく共和させるコントロール力が求められるというのが、本文献から得られる答えのように考えられる。

 

4.結論

長く息が続かないよ!肺活量を増やせばいいの?

に対する答えとしては

 

肺活量を増やすことは重要だが、肺活量だけ増やすのは得策ではない。長く息が続くには、肺活量を増やすだけでなく増やされた肺活量に対応できる声帯の抵抗力とそれらを統合して操るコントロール力が必要である。

 

ということになろうか。また、空気流量は音の高さには依存しない。かつ、プロの歌手は同音のクレッシェンドでも空気流量に関してはほとんど増すどころか減る場合もあるという。裏声では空気流量が増したという結果があったことも付け足しておこう。いづれにしても本疑問は議論の余地ありなので最初に書いた通り、発声における最終結論ではないことを最後に述べて置く。

 

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お疲れさまでした。ええ、疲れましたとも。自分では理解していてもいざ人に伝えるとなると難しいものですね。人に理解させようとすると感情的な面を排除しなければならず、「なんとなくそんな感じがするから」とかそんな言い訳が効きません。しかし、自分でも理解がより定着して良いですね。本文は最初の投稿段階であまり推敲をしておりませんので、後々書き直すことがあります。ご了承ください。